きょーはげつよーび。。。きょーははれかなくもりかな。ちゃーるすとんのさいてーきおんは0度、さいこーきおんは21度でした。
きのーのぐーぶぐのひっとはIPは20閲覧数は20でした~。
きのーのBloggerぶろぐのひっと数が26でした~。
たいじゅー:?kg^^; (最大風速:?kg)
きょーのとれーにんぐ:おやすみ^^
麻薬断ち^^;11月7日(日)9:30PMに1包飲んだ(>_<)
げつよーびはやっぱししんどいっす。とりあえずきょーはきゃくさきのこーじょーのかふぇでおしごと。あしたはほてるでおしごとっす。きょう、あすでやらないかんおしごとをやらねーとなあ。。。
おやがちゃという言葉がひろがって、多くの人がその事実を認めているので、現在であれば格差というのは運や環境であるということは、広く認められていると思います。それでもまだ、日本で生まれたことの幸運を、幸運なんかではないという人はいるように思います。これまで百万回書いてきましたが、私の知っている東大卒の方は、日本以外のアジアの国々の貧しい人々は、自業自得だ、みたいなばかばかしい考えを持っていましたが、ぜひともおやがちゃを機にその考えを改めていただきたいものです。おやがちゃは当然あると思います。そして、国がちゃも当然あると思います。貧しい国に生まれた方の多くは、そのちゃんすさえ与えられずに貧しいまま一生をすごすことを余儀なくされているのです。彼らはけっして怠けているから貧しいわけではない、ということを理解する必要があります。日本でももちろん格差はあるし、がちゃによる環境の違いで苦労をされている方がたくさんいますが、それでも、多くのまずしいアジアの国々に比べたら恵まれていると思います。勉強ができなくても、スポーツで頭角をあらわしたり、漫画で頭角をあらわしたり、学校教育を通じて自分の才能を見つける可能性が広がっています。まずしい国の子供たちは、教育のちゃんすさえない場合があります。才能があっても、教育を受けられなければその才能を伸ばすことも生かすこともできません。また、まずしい国に生まれた野球の才能がある子は、自分の国にプロ野球がなければその才能を生かすことは難しいでしょう。日本はいろいろな点において非常に恵まれている国だと思いますね。今回、メキシコから助っ人のエンジニアを依頼して、彼と一緒に食事に行ったりしているのですが、彼のように苦労して大学を卒業した人は、日本ではそう多くないでしょう。日本で、自分で授業料を払って大学に行っている人は、いったいどれくらいいるのでしょうか?ぜひとも日本の若者には早いうちに海外に、最低1年くらいは留学していただきたいものです。そして、いろいろな国の人のいろいろな意見を聞いていただきたいものです。
でわ。
うつぎたかし
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